沿革
シリコーンのリーディングカンパニーとして
歴史の始まりは一つの発見から。
1940年代、当社の創業者となる海軍の技術将校だった川口信久が、第二次世界大戦中に米軍戦闘機の残骸のエンジンの中から、絶縁体として使用されているグリース状のシリコーンを発見。戦後、その素材の可能性に着目し、さまざまな用途を検討する中で、医療分野への応用を見出す。
世界初のシリコーン製カテーテル「三孔先穴カテーテル」を開発。
世界初のシリコーン製ガーゼ「トレックス(非固着性シリコーンガーゼ)」を開発。
当社の前身となる「大山化学株式会社」を設立。エポキシ樹脂変性加工に関する研究・製造を開始。液状弾性体製品ビスコールの研究・製造・販売を開始。
東京大学と国産のシリコーン製人工心臓の開発に本格的に着手。
日本板硝子株式会社と合併でエポキシ樹脂2次製造メーカー「日本ペルノックス株式会社」を設立。エポキシ樹脂部門を分離。
「富士システムズ株式会社」へ社名変更。本社を渋谷区恵比寿に置く。
ガス透過性の機能を生かした特殊膜(人工えら)の開発に成功。水中気体交換装置の試作を完了し、人工肺の研究に着手する。
厚生省(現 厚生労働省)の正式認可を受け、商標 『ファイコン』によるシリコーン製医療機器の製造を本格的に開始。
米国リサーチコーポレーションのライセンスを得て人工腎臓用透析膜「ノセ・キール・エンベロープ」の製造を開始。
医療事業部を創設した三菱商事株式会社と一般包括的業務提携契約を締結。
日本人工臓器開発研究所(JAOR)を創設。
米国クリーブランドクリニックと人工肺およびメンブレンの共同開発に着手。
米国ゲルマン社と代理店契約を結び、フィルタの販売を開始。
米国トラべノールパシフィック社と日本国内代理店契約を締結。
名古屋大学とスペースシャトル/スペースラブ利用の宇宙ライフサイエンス実験計画に参加。
資本金3,000万円に増資。
資本金4,000万円に増資
東海大学医学部 外科学系 呼吸器外科学部との共同研究で、片肺換気を実現する画期的な気管内チューブ「ユニベント」を開発。ユニベントチューブを用いた肺癌患者の左上葉切除手術が初めて行われた。
日本初の自己導尿用カテーテル「セルフカテ」を開発。
大阪支店を開設。
横浜市上矢部工業団地内にクリーンルームを備えた第2工場を建設。
オープンルーメンブロッカー(OLB型)のユニベントを開発し、世界中の医療機関へ供給する。
横浜市上矢部工業団地内に新第1工場を建設
信越化学工業株式会社 当社に資本参加。資本金6,000万円に増資。
渋谷区恵比寿より文京区湯島へ本社を移転。
札幌支店を開設。
東京通商産業局より、中空糸プロジェクトに関して補助金を受ける。
新製品としてコンポジット・シリコーン製品ビオテックの製造・販売を開始。
川口信久会長(当時)が東京都功労者として都知事より表彰される。
創立25周年の記念式典を行う。
カナダVITAID社のウィリアム・スチュワートとユニベントの海外販売代理店契約締結。
福岡支店を開設。
米国ゲルマンサイエンス社との間に、理化学分野におけるフィルタ販売総代理店契約が成立。
文京区湯島より文京区本郷へ本社を移転。
資本金9,000万円に増資。
福島県西郷村に白河工場が完成。
名古屋支店を開設。
白河工場敷地内に物流センターが完成。
仙台支店を開設。
米国ベイラー医科大学と人工肺の共同研究を開始。
白河工場増築。EN46001・MDD下でCEマーク取得。
広島支店を開設。
横浜市戸塚区に新研究所が完成。
白河工場増築。
ISO13485:2003年版取得。
分社型新設分割により、「富士システムズ」は純粋持株会社である「富士システムズHD」に移行。事業会社として新生「富士システムズ」が発足。
CELLO BALLOON GUIDE CATHETER米国FDA承認取得。
創立50周年の記念式典を行う。
新白河工場稼働。大宮支店を開設。
ISO13485:2016年版取得。
東京大学と人工肺の共同研究開始。
MDSAP認証取得。
兵庫県三木市に関西物流センターを開設。
MDR下でCEマーク取得。
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